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約30年前、私が研修医のときに指導医から「紹介状の返信は自分が紹介するようになると大切さがわかる」と教わりました。今、私のところには多くの医療機関から患者さんのご紹介を頂いていますが、同時に私たちの専門外の領域や外科疾患に関しては他の医療機関へ診療をお願いすることも多々あります。診療をお願いした患者のその後の経過はとても気になりますが、その経過についてこちらから問い合わせるまで、まったく連絡が来ない医療機関も残念ながらあります。
紹介状の返信は、単なる情報のやり取りではありません。それは、連携先医療機関との信頼を築き、患者の治療をより良い方向へ導く重要な手段です。そして、信頼関係が生まれた医療機関とは、その後も連携を続けていきたいという気持ちになりますし、その信頼関係は患者にも伝わります。
医療従事者として、「顧客満足度」を考えるとき、患者だけを対象にしている人が多いかもしれません。しかし、実は医療の現場では、患者だけでなく「連携先の医療機関」こそが重要な顧客です。患者満足度調査を行う医療機関は多いですが、連携先医療機関満足度調査を行う医療機関は少ないのではないでしょうか?そして、連携先医療機関が満足し、感動するような医療を提供することで、結果的に患者の満足度も向上します。だからこそ、紹介状の返信にこそ気を配る必要があるのです。
紹介状の返信で期待を上回る
ビジネスの世界ではこういうことが言われています。
顧客の期待を下回ると、不満が生まれる
期待通りだと、顧客は満足する
期待を上回ると、顧客は感謝する
期待を大きく上回ると、顧客は感動する
そして、感動はリピートと紹介を生む
期待を上回る返信とは、単に診療内容を伝えるだけでなく、診断や治療のプロセス、治療効果、今後の治療計画などを詳細に記載したものです。さらに、検査結果や画像データを添付することで、視覚的にも分かりやすい情報提供を行います。
最近は超音波検査の画像はデータで保存されるため、プリントアウトすることが減り、画像の印刷機械が付属していない超音波診断装置も多くなりました。また、紙ベースだったときにはカルテに残すためと、紹介先に返信するためと同じ画像を2枚プリントアウトしていました。もしかしたら、プリントアウトした画像を見ても、どこが異常もしくは正常な所見なのかわからないかもしれません。だからこそ、誰にでもわかる画像を残すことを意識していました。そして、それは自分自身の技術の向上にも繋がりました。
さて、プリントアウトした画像を送るのは満足、感謝、感動のどのレベルでしょうか?おそらく、せいぜい感謝レベルまでだと思います。救急外来を受診した患者さんに翌日、かかりつけ医に受診するように伝えて診療情報提供書を渡す際に、SOAPが記載されたカルテのコピーを同封するようにシステム化したことがありました。それも「詳細な情報を頂き、ありがとうございます」という感謝レベルの返信はたくさん頂きました。
では、感動レベルとは?その先生は私よりもだいぶ年上のベテランの小児科医で、当時、まだ30歳代でしたので、おそらく、それほど期待はしていなかったのだと思います。ある時、急に始まった腹痛の幼児をご紹介頂きました。腹痛が始まって数時間で、腹痛以外になにも症状はありませんでしたが、腹部超音波検査をしたところ、腸重積でした。私にとっては、ごく普通の診療ですが、後日、ある会合でその先生にお会いした際に
「いやぁ、あの子、腸重積だったんだねぇ。あの段階で診断できちゃうなんてすごいねぇ、感動したよ!」
と向こうから呼び止められて声をかけて頂きました。以降、その先生からは事あるごとにお声がけ頂き、患者さんもご紹介していただいております。その後は
「いやぁ、うちで診てもいいんだけど、親御さんが先生のところに行きたがるんだよねぇ」
と笑顔で言っていただけるようになったのは、信頼の証と受け取っています。
感動を与える医療は、患者や連携先医療機関との信頼を強化し、さらなる紹介や継続的な協力関係を生み出します。この感動は、信頼の連鎖の出発点となるのです。
"あたりまえ"じゃないから有難い
詳細な情報提供診断経過や治療内容を具体的に記載し、画像や検査結果を添付することで、連携先医療機関の理解を深めます。患者の診断や処方内容だけでなく、今後の治療計画やフォローアップ方法を具体的に記載することも大切です。また、連携先医療機関へ配慮し、忙しい診療現場でもスムーズに活用できるようなtipsを簡潔でわかりやすい文章を心がけて追加することもあります。これにより、連携先医療機関は「この医師に任せたい」「またこの先生に紹介したい」と思うようになり、継続的な信頼関係が築かれます。これらは医師として"あたりまえ"のことであると、わたしは考えています。
先ほどの腸重積の例も、とくに最先端の医療を提供したわけではありません。問診と身体所見から、腹部超音波検査が必要と判断して、実際に検査をして診断しただけです。もしかしたら、若い経験の少ない医師であれば、血液検査をしたり、腹部単純レントゲン検査をしたかもしれません。しかし、私は「まずは痛くない検査から」、「被曝のない検査から」という"あたりまえ"の選択をしただけをす。
"あたりまえ"の対義語は、"有難い"="ありがとう"と言われます。"あたりまえ"のことが"あたりまえ"に行われていないからこそ、"有るのが難しい"→"有難い"、つまり、感謝が生まれます。"あたりまえ"のことを"あたりまえ"にやるのが一番難しいのかもしれませんが、一番大切なことでもあります。そして、それが相手の期待を大きく超えて、感動を生む最初の一歩になるのです。
では、感動を生む紹介状を書くには、どうしたら良いのか?NLPの視点では、紹介状の返信はラポール(信頼関係)を築く重要なツールですが、相手の視点(第二ポジション)に立って、紹介元医療機関がどの情報を必要としているか、何を重視しているか、何を受け取ったら嬉しいかを理解し、それに応える形で返信を作成します。もちろん、優位感覚(VAK)を意識し、視覚型には画像や図表を、聴覚型には論理的な文章構成を、体感覚型には臨場感が伝わる具体的で実践的な内容を提供することで、情報が効果的に伝わります。
連携先医療機関に感動を与えるような紹介状の返信は、信頼の連鎖を生み出します。それが、医療の質を高め、患者と連携先医療機関の満足度を向上させるのです。それが、「来てください」と言わなくても、「診てください」とお願いされるためのベースになるのです。
※ラポールについては、『おごりは未来への投資!若手のモチベーションを引き出す「飲み会」の力』をご参照ください。
※相手の視点(第二ポジション)については、『「地方会」は名刺代わり!存在感を高める報告のコツ』をご参照ください。
※優位感覚(VAK)については、『「地方会」は名刺代わり!存在感を高める報告のコツ』をご参照ください。
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