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地方会で発表する目的と意図
私が自衛隊を退職し、国際医療福祉大学熱海病院に勤務することになったとき、最初に上司に提案したのが次の2点です。
毎回、地方会に演題を発表すること
静岡県だけでなく、神奈川県地方会でも発表すること
国際医療福祉大学熱海病院は静岡県の西端、熱海市にありますが、隣接する湯河原町は神奈川県です。前任地の自衛隊横須賀病院は神奈川県に位置していたため、私は神奈川県地方会にも所属していました。そこで事務局に連絡し、このまま神奈川県地方会に在籍し続け、神奈川県地方会での発表を許可してもらいました。
熱海市は人口約4万人、隣の伊東市は約2万人という小さな都市で、近隣には順天堂大学医学部附属伊豆長岡病院(現・静岡病院)という大きな医療機関があります。この立地では、通常の方法では患者が集まりにくいことが明らかでした。そこで私は、神奈川県の約900万人の人口を視野に入れ、広範囲にわたる集患の基盤を構築しようと考えたのです。
地方会での発表の本当の意義
地方会での発表は、単なる学術的な情報共有の場ではありません。それは、自分や診療チームを知ってもらい、信頼を築くための「名刺代わり」の機会です。特に地方会に参加する医療者たちは、日々の診療に直結する実践的な情報や、リアルな課題解決のヒントを求めています。
そのため、地方会での発表は「自分たちがどれだけ優秀か」をアピールする場ではなく、**「聞き手が知りたいことを伝える場」**であるべきです。発表を通じて、「この人なら信頼できる」「このチームの話をもっと聞きたい」と思わせることができれば、それが次の診療依頼や信頼関係の構築につながります。
地方会は単なる発表の場ではなく、医療者間の信頼を深め、チームの存在感を高める場として活用できるのです。
泥臭い現場の実際を語る大切さ
特に若い先生に多い傾向ですが、地方会の発表では「自分たちはエクセレントに診断や治療を進めた」というように、“カッコつけた”プレゼンをしてしまうことがあります。診療での苦労やチーム内でのディスカッションポイントを一切触れず、あたかも何の問題もなくスマートに物事が進んだかのように話すのです。
しかし、実際にオーディエンスが本当に聞きたいのは、もっと泥臭い、現場で起こったリアルな出来事です。たとえば、診断に悩んだポイント、チーム内で意見が割れた場面、予想外のトラブルや失敗から何を学んだのか。そうした等身大のエピソードこそが、聞き手の共感を生み、発表者への信頼感を高めます。
地方会は「自分をよく見せる場」ではなく、「リアルな自分を見せる場」です。現場の苦労やディスカッションのプロセスを共有することで、「この人も同じような悩みを抱えながら頑張っているんだ」と思ってもらえる発表が可能になります。
コラム:どうして若い先生はエクセレントな発表をしたがるのか?
若い先生がエクセレントな発表をしようとする理由として、「経験が少なく、やり方がわからない」という点が挙げられます。しかし、NLP的な視点で考えると、それ以上にセルフイメージの低さが大きく影響していると考えられます。
セルフイメージが低い人は、防衛本能として自分を大きく見せる傾向があります。自分を強く、優秀に見せることで、他人からの批判や不安から自分を守ろうとしているのです。これはNLPを知らない人にとっては意外に思われるかもしれません。多くの人は、「セルフイメージが高いから自分を大きく見せようとする」と誤解していますが、実は逆です。この心理を「弱い犬ほどよく吠える」という言葉が端的に表しています。
一方で、本当にセルフイメージが高い人は、自分を大きく見せる必要がありません。彼らは自分の短所や失敗談を隠すことなく、堂々と話すことができます。むしろ、そうした失敗や短所を共有することで他人と信頼関係を築き、共感を得られることを知っているのです。
同様に、パワーハラスメントをしてしまう人の多くも、セルフイメージの低さが原因であると考えられます。セルフイメージが低い人は、自分を大きく、強く、優秀に見せるために、部下や立場の弱い人に対して攻撃的になったり、過剰に強く当たったりしてしまいます。こうした行動も、自分自身を守るための防衛反応の一つと言えるでしょう。
セルフイメージが低いこと自体は悪いことではありません。ただし、それを自覚し、適切に対処する方法を学ぶことで、自己防衛のための不必要な行動を減らし、より自然体で信頼される人間関係を築くことが可能になります。若い先生たちにも、エクセレントに見せることではなく、等身大の自分で発表する勇気を持ってほしいと願っています。
VAKモデルを活用したスライド作成の秘訣
地方会での発表や報告では、スライドの見せ方が聞き手の理解度と印象に直結します。その際に役立つのがNLPのVAKモデル(視覚[Visual]・聴覚[Auditory]・体感覚[Kinesthetic])です。このモデルは、聞き手の情報処理スタイルに合わせて効果的なプレゼンを作る手助けをしてくれます。
VAKモデルとは?
VAKモデルは、人間が情報を受け取る際の「優位感覚」に注目したものです。人それぞれ、主に以下の3つのスタイルのどれかを使って情報を理解しています:
• 視覚(Visual): 図やグラフ、写真など、目で見えるものから情報を得るのが得意な人。
• 聴覚(Auditory): 話し言葉や音、議論など、耳で聞いた情報を好む人。
• 体感覚(Kinesthetic): 実際に触れたり、動きや感覚を伴う情報で理解するのが得意な人。
優位感覚に合わせたスライド作成の具体例
1. 視覚型(Visual)向け
• 図表やイラスト、データ可視化を活用し、複雑な内容をシンプルに表現。
• 色使いを工夫して、重要ポイントを視覚的に強調する。例: 「赤」で重要事項、「緑」で改善策。
2. 聴覚型(Auditory)向け
• スライドには簡潔なキーワードを載せ、プレゼン自体にストーリー性を持たせる。
• 報告内容をリズム感のあるフレーズや繰り返しを用いて説明する。
3. 体感覚型(Kinesthetic)向け
• ケーススタディや具体的な患者事例を用い、「実際にどう動いたか」「何を試したか」を具体的に示す。
• 資料に触れたり、紙に書き込むワークを交えると効果的。
スライドを作る際には、視覚・聴覚・体感覚のすべての感覚をバランスよく盛り込むことで、聞き手全体に訴求力のある発表が可能になります。これを実現するために、私は後輩や部下に学会発表を指導するとき、よく「ジャパネットたかた」のCMを例に挙げて説明します。
「ジャパネットたかた」のCMでは、次のような要素が見事に組み合わされています:
視覚的に訴える商品の映像やシンプルでわかりやすいグラフィックを使って、目で見た瞬間に情報が伝わるよう工夫されています。
聴覚的に訴える話し方に抑揚をつけ、リズム感を持たせることで、耳から聞いた情報が心に残るようになっています。
体感覚的に訴える商品の便利さや使いやすさを強調し、「これが自分の生活でどう役立つのか」を想像させる工夫がされています。
これらの要素を発表にも取り入れるべきだと考えています。そのため、スライドに細かい文字が羅列している場合には、「ジャパネットじゃないねぇ」と指摘し、シンプルな図表やビジュアルを活用するよう指導します。また、発表原稿を棒読みしている場合には、抑揚をつけたり、重要な部分で間を取ったりして、伝えたいポイントを強調する話し方を身につけるようアドバイスしています。
「ジャパネットたかた」のCMを真似る感覚で発表を作ると、聞き手が視覚・聴覚・体感覚のすべてを通じてメッセージを受け取りやすくなり、印象に残る発表が実現できます。このように、聞き手の感覚に訴えるバランス感覚を意識することが、効果的な発表の鍵となるのです。
相手が知りたい情報を優先する
地方会での発表では、「自分が伝えたいこと」ではなく、「相手が知りたいこと」を優先することが重要です。NLPの『知覚位置(Perceptual Position)』を活用することで、相手の視点を意識した発表が可能になります。
知覚位置(Perceptual Position)とは?
知覚位置とは、物事を3つの視点から捉えることで、より深い理解を得るための手法です。
1. 第一ポジション(自分視点)
自分が伝えたい内容や主張を整理します。
例: 「この新しい診断法は、私たちの研究で有効性が確認されています」。
2. 第二ポジション(相手視点)
聞き手が知りたい情報や解決したい課題に焦点を当てます。
例: 「この診断法を使うと、忙しい外来でも迅速に診断が可能になります」。
3. 第三ポジション(俯瞰視点)
発表全体のバランスや、全体像の中での意義を意識します。
例: 「この診断法は、他の治療プロセスとどう連携するのか?」、「医療経済的な視点はどうか」、「医療全体にどんなインパクトを与えるのか」といった全体的な問いに応える。
発表の成功は「等身大」と「視点の転換」が鍵
地方会での発表は、聞き手に「この人の話は参考になる」と思ってもらえるかどうかがすべてです。そのためには、聞き手の優位感覚(VAK)に合わせたスライド作成と、相手視点に立った構成が必要です。そして何よりも、「泥臭い現場のリアル」をありのまま伝え、自分たちの等身大の姿を見せることが、信頼感を生む鍵となります。
次回の地方会では、ぜひこれらの方法を試し、聞き手の反応を観察してみてください。「この発表は一味違う」と思わせることができたなら、それは成功への第一歩となるはずです。
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