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学会発表や大きな仕事の後、若手を飲みに誘うことは、単なる「飲みニケーション」を超えた、成長を後押しする絶好の機会です。ここでは、若手のモチベーションを最大限に引き出すための「飲み会」のポイントについてお話しします。
酒を飲んで説教するのは絶対禁忌!説教するならビジョンを語れ!
私には、学生時代から決めていることがあります。それは、「酔った時に説教をしない」ということです。
私は防衛医科大学校で、全員が寮生活を送るという特殊な環境の中で育ちました。そのため、学生の頃から厳しい上下関係の中で生活していました。そんな環境では、酒癖の悪い先輩も珍しくなく、酔った勢いで説教をしたり、時にはパワハラまがいの言動をする人もいました。そのような経験から、「お酒はその場にいる人全員が楽しく飲むべきものであるべきだ」という考えが私の中で確立されていきました。
この認識は、医師になった今でも変わりません。どれほど偉い立場にあろうとも、お酒を飲む場は、上下関係を超えて互いにリラックスし、楽しい時間を共有するためのものです。その場で説教や圧力をかけることは、相手のモチベーションを下げるだけでなく、信頼関係を損ねる原因にもなります。
だからこそ、私は常に「お酒を飲む場を心から楽しいものにする」という信念を持ち続けています。それは、学生時代の経験が教えてくれた、大切な教訓なのです。 学会後の飲み会は若手を励まし、感謝を伝える場です。お酒を飲んで説教をすることは、若手のモチベーションを下げるだけでなく、せっかく築いた信頼関係を壊す原因になります。
代わりに、ビジョンを語る場にしましょう。リーダーがチームや医療現場に対する価値観や未来へのビジョンを語ることで、若手は自分の役割や可能性を再認識し、モチベーションを高めることができます。特に、若手が学会発表や大きな業務を終えたタイミングで、次の挑戦に向けた意識を高める場として飲み会を活用するのです。
飲み会で価値観とビジョンを共有し、ラポールを深める
飲み会がパワハラになるか、それとも有意義なコミュニケーションの場になるかは、普段からのラポール(信頼関係)の深さにかかっています。そして、このラポールをさらに深める鍵が、価値観とビジョンの共有です。
ラポール(rapport)とはフランス語で、「橋を架ける」という意味から心が通じ合い、互いに信頼しあい、相手を受け入れていることを表します。 NLPにおいてはラポールとは、ミラーリングとマッチングによって築くことができる状態で、相手が批判することなく受け入れる状態を作り出します。
ミラーリングとは、鏡のように相手のジェスチャーや姿勢、瞬きのペースなど視覚で得られる情報を相手に合わせていくことです。一方で、マッチングとは視覚以外の情報、話すペース、声のトーン、呼吸、言葉などを合わせていくことです。
ラポールを築くためには「類似性の法則」が重要であるとされています。この法則は、「似ている人々は互いに好意を持ち、似ていない人々は互いに好意を持たない」という心理学的な原則です。これは人間が持つ動物的本能とも言えます。動物は自らの安全を確保するために敵と仲間を区別する必要があります。似ているものは同種、つまり、仲間であると認識し、似ていないものは仲間ではない、敵であると認識して距離を取る、と考えるとわかりやすいかと思います。ミラーリングとマッチングで相手に無意識レベルで、「似ている」と認識させるのです。
さらに、何が似ているのかが大切であり、価値観やビジョンなど、ニューロロジカルレベルの高い領域で共有されると、ラポールがより深いものになります。
低いレベル(環境や行動)が似ているだけでは、表面的なラポールしか築けません。しかし、信念・価値観、自己認識、ビジョンといった高いレベルで類似性があると、ラポールは深く、強固なものになります。
たとえば、病院のユニフォームは環境レベルの似ているです。同じユニフォームを支給したり、買ってもらったりすれば良いので、簡単に似ている状態を作り出せますが、弱いラポールしか築けません。行動や能力が似てくると、もう少し深いラポールが築けます。そして、信念や価値観が似ていると、「この人は自分と同じものを大切にしている」と感じ、心の距離が縮まります。さらに、ビジョンが似ている(「同じ未来を目指している」)と、より強い一体感が生まれ、本能レベルの深いラポールが築けます。
普段から相手の価値観(大切にしていること)を尊重することで、深いレベルのラポールが築け、飲みに誘ってもパワハラと思われることはありません。反対に普段から環境レベルで、マッチング、ミラーリングしかしていないと、十分なラポールは築けずに飲みに誘うと嫌がられたり、無理に誘えばパワハラと言われてしまうかもしれません。
そして、飲み会は、この高いレベルでの共通点を見つけ、共有するのに最適な場なのです。
ケチるな!奢りはマスト、割り勘はNG
飲み会の費用は、上司もしくは先輩が全額負担するのが鉄則です。学会発表後や大きな仕事の後、若手に「頑張って良かった」と感じてもらうためには、奢りが効果的です。割り勘にすると、「頑張ったのにこれか」と思われかねません。ここはケチらずに投資だと割り切りましょう。
「奢り」という行為自体が、若手への感謝とリスペクトを表す一つのメッセージです。若手が気兼ねなく楽しむことで、リラックスした雰囲気の中で価値観やビジョンの共有が進みます。 但し、「奢ったんだから、〇〇して当たり前」のような考え方はNGです。「奢ったのに、お礼がない」、「奢ったのに挨拶にこない」など、そんなみみっちい考え方は捨てて、格好よくスマートに奢りましょう。
学会後の飲み会はネットワーキングの場に
学会や研究会後の懇親会、あるいは他の施設の先生と一緒に飲みに行くなど、学会後の飲み会は、若手をその分野の権威に紹介する絶好のチャンスです。このような場は、若手が専門家の視点からのフィードバックを得るだけでなく、研究分野での存在感を高める貴重な機会となります。
私自身、若い頃に上司に連れられて飲みに行った際、他大学の教授やその道のプロフェッショナルの先生方と交流する貴重な場を頂いた経験があります。
たとえば、シンガポールで行われた学会に参加した際、たまたま某大学の小児科教授が一人で参加されていたので、上司が声をかけてくださり、一緒に飲みに行くことになりました。帰国後、しばらくして行われた専門医試験では、その教授が試験の監督官でした。もちろん、監督官だからといって試験が有利になるわけではありませんが、顔見知りがいることで妙な安心感を覚えたのを覚えています。
さらに、その教授の推薦により、日本小児科学会雑誌の総説を執筆する機会を頂くことができました。小児急性肝不全の診断と治療について書いたのですが、今でも電話やメールで急性肝不全の相談を受けると、「総説を参考にしてください」と伝えることができるツールになっています。
また、別の学会後の飲み会でご一緒した別大学の小児科教授とのご縁がきっかけで、いまだにその大学の非常勤講師として専門外来を担当させていただいております。飲み会というカジュアルな場で、普段の診療や研究とは異なるリラックスした雰囲気の中で話すことが、深い信頼関係の構築につながることを実感しました。
学会後の飲み会は、こうしたチャンスを若手に与える絶好の場でもあります。若手がその分野の専門家や権威と直接話す機会を持つことで、専門的な知識を深めるだけでなく、信頼関係を築き、次なるキャリアのステップにつながることもあります。私が経験したような貴重な出会いを、次世代の医師たちにも提供することが、リーダーとしての役割の一つだと考えています。
さらに、リーダーが積極的に若手を専門家に紹介することで、彼らの専門家としてのアイデンティティ形成を促進することができます。「自分はこの分野の研究者として認められている」という自己認識が若手に生まれ、次のステップに向けた意欲が一層高まります。
飲み会は若手育成のための投資
飲み会や食事会にお金をかけることを単なる出費と思わないでください。それは若手の成長を促進し、チームの診療能力を向上させるための投資です。
飲み会でラポールを深め、高いレベルでの価値観やビジョンを共有することで、若手は自分の役割をより深く理解し、専門家としてのアイデンティティを確立します。これにより、チーム全体の力が底上げされ、次世代の医療を担う自走するメンバーへと成長していくのです。
だからこそ、飲み会では説教ではなくビジョンを語りましょう。それが、若手が「このチームで働いて良かった」と思える環境を作り、チーム全体の活力を高める最善の方法なのです。
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